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小学校の間、毎月積み立て貯金というものがあった。卒業の時、その貯金を払い戻してくれるのだが、その金で買ったのが天体望遠鏡だった。当時まだ路面電車が走っていた福岡市まで出かけて、呉服町だかどこかにあったケンコーのショウルームみたいなところに行ったはずである。なんで小学校出たばかりのガキがそんなとこを知ってるかというと、父親が写真好きでそういうところをよく知っていたので連れていったもらったのだ。
当時、父はミノルタからニコマートに機材を変えたあたりだったし、日本光学(当時)もまだ一般向けの天体望遠鏡を販売していたので、そっちを薦めたはずである。しかし、その頃の日本光学といえば今とは比べ物にならないくらいの高級ブランドであったから、一般向けとはいってもそこらの天体望遠鏡とは比較にならないお値段がついていたように記憶している。
その後文学部に進むことになるワタシだが、実は「子供の科学」などが大好きだったので当然「ミザール」「ビクセン」といった望遠鏡メーカーは知っていたが、写真はわかっても天文に縁のない父は「日本光学がだめならせめて多少なりとも自分が知っているメーカーを」ということでケンコーにしたような気がする。
結局買ったのは屈折赤道儀で、口径はよく覚えていないが60mmよりは大きかったはずだ。だが、最初のうちこそ表にかつぎ出してよく星を見ていたものの、お約束どおりだんだんと使わなくなってしまった。ちょっと外へ持ち出すだけだから、極軸合せが必要な赤道儀などいらなかったのだ(うちはクルマを持っていなかったので夜、遠征に出ることはなかった)。もうひとつ、中三から近視になり星そのものが楽しみにくくなったというのもある。
ちなみにこのとき買った望遠鏡はその後も実家にずっと残っていたが、引っ越しの際に親戚に譲ったそうで、いまごろどこでホコリをかぶっているかは不明だ。
やがて大学に進んで東京暮らしとなり、さらに就職すると星空見物どころではなく、たまに科学雑誌を眺める程度の日々が続いたが、東京生活11年を経てフリーライターとなり、ついでに福岡に戻ることにした。2年半ほど市内で暮らし、その後実家のほうに戻ってくることになったが昔とは比較にならないほど夜が明るくてがっかりしたものである(実家の引っ越し先は同じ町内)。
そんな状況が変ったのは1998年11月のこと。けっこうな話題になった例の獅子座流星群のときだ。前年にクルマを念願のプジョーに買い換えたので、そのエンブレムにちなんでプジョーに乗って流星群を見に行こうという実に安直なノリであった。
このときは星野村で開かれる観望会(これがもう思いっきり「夜中に開く村の秋祭り」であった)に行ったのだが、雲が多く午前2時を前に下山してさらにドライブした。
結局阿蘇の大観峰まで行って大火球をひとつ見ることができただけだったがこれを機に再び天文志向がふたたび頭をもたげはじめ、1999年の夏には近所の河原で友人一家とバーベキューしながらペルセウス座流星群を見物、さらに9月にはお手軽観望用に双眼鏡を手に入れて秋の星空を楽しみ、11月に今度は自宅前の空き地でふたたび獅子座流星群を見物。さらにインターネットで手ごろな望遠鏡の情報を探し始め、BORGのカタログを請求というぐあいに徐々にはまっていくのであった。
2000.11.15
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