| 1927年(昭和2年) |
アメリカのシドニー・ギューリック博士の呼びかけで、日本とアメリカの友好を深めるために、親善大使として約12000体の人形が全国の小学校に送られました。
それぞれの人形が「バックに入った着替え」と「パスポート」、「99セントの船の切符」を持っていました。そして、そのうちの一つが私達の学校にも届けられました。
名前は「メリー」、緑色の服を着ています。 |
| 1943年(昭和18年) |
第2次世界大戦がはじまり、反米運動のために「青い目の人形は敵だ」との風潮が高まり多くの人形が処分されました。
第一小学校の人形は、この頃誰かが隠して保存されたと思われます。 |
| 1973年(昭和48年) |
NHKで「人形使節メリー」放映。これは1966年に群馬県の学校で発見された「青い目の人形」を扱った番組でした。
この年、第1小学校の人形も確認されています。
この時私たちは学校に在籍していました。私自身は特別な記憶がないのが残念です。 |
| 1989年(平成元年) |
第1小学校創立100周年記念に、青い目の人形と児童のブロンズ像を建造。タイトルは「あしたに」
場所は学校の東門前に設置されています。(私たちが在校当時は花壇だったあたり) |
| 1990年(平成2年) |
発案者の孫、シドニー・ギューリック3世が第1小学校に2代目の人形を贈呈 |
| 1991年(平成3年) |
「ギューリック3世家族を日本に招く会」の招きで3世家族が来日、第1小学校を訪問。 |
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